進撃の巨人ししゃも的考察ブログ

既読者向けです。進撃の巨人を読んだ感想をまとめていきます。Twitter:@shisyamosk

パラディ島のやさしい悪魔

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[第123話 島の悪魔 より]

 

123話。

タイトル「島の悪魔」

読みました。

エレンの始祖の巨人の力が解放して、ついに地鳴らしが発動しました。

そのエレンの巨人の姿がおぞましすぎる…

巨人というより建造物に近いですね。

ドーム状の。

あの肋骨の中で野球ができそう。

 

今回はエレンの話です。

 

今回、本記事のタイトルを

「パラディ島のやさしい悪魔」

と題しました。

これは123話のタイトル「島の悪魔」からあやかったもので、エレンのことを指しています。

 

Twitterの感想でエレンのキャラクターを的確に表している方がいました。

曰く

「エレンは自らの意思で核ミサイルの発射ボタンを押すことができる人間だ」

というものです。

 

核ミサイルと言う所が生々しくて気に入ってるのですが、例えば超大型巨人の出現時のきのこ雲など、進撃の巨人という作品はかなり露骨に巨人の力を兵器として表現しています。

今思えば単行本19巻、78話「光臨」の、そのきのこ雲は、マーレ登場以前の話なので、巨人の力はマーレに兵器運用されていることの伏線だったのかもしれません。

 

その発射ボタンを押せば、巨人の力を使えば、どんな大惨事になるのか理解した上で、それでも自分の良しとする目的のために、誰に命令されたわけでもなく、自らの意思で実行してしまえるのがエレンというわけです。

 

かつて単行本12巻でライナーは「座標」の持ち主であるエレンのことをこう断言しています。

 

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[第50話 叫び 単行本12巻より]

 

「この世で一番それを持っちゃいけねぇのは」

「エレン…お前だ」

 

このセリフは、エレンのこんな正体を見抜いていたということなんじゃないかと思います。

 

この性質がどんだけヤバいか。

正直、俺に核ミサイルを打つ度胸はないです。

いらないです。そんな力。

ただ強い力というものは、それ単体では成立せず、それを行使できる人間の性質という器があって初めて真価を発揮するものなんだな、と思います。

始祖ユミルは、それが叶わなかった。

でもエレンはそれが出来る。

世界を滅ぼすことが出来る。

本当の意味で、島の悪魔になることが出来る。

 

そんなエレンの性質というのは、どのようなものなのか?

エレンと言えば、と考えると真っ先に

「自由」というワードが浮かびます。

それともう一つ、エレンの持っている

「やさしさ」が大きく関わっていると思ったので本記事のタイトルは

「パラディ島のやさしい悪魔」なのです。

 

単行本23巻以降、マーレ編以降の成長したエレンは何を考えているのか分からないように描かれています。

顕著なのはレベリオ区の襲撃事件。ヴィリー・タイバーの演説中に巨人化したエレンが乱入、一般人諸共、マーレ軍の主要人を皆殺しにしました。

パラディ島では未だ世界への関係改善の目処が立たず、和平への道を模索している最中でした。しかしエレンのレベリオ区襲撃事件でその和平の道は絶たれました。

これはエレンの完全な独断であり、この事件から味方の兵団からの信頼をエレンは決定的に失いました。

その後もエレンは地下牢を脱獄。

エレンは兵団と足並みを揃える気は微塵も見えません。

それはいつからか?

おそらく123話に登場するユミルの民保護団体すらもパラディ島民を敵視していると分かった時から。

もしかしたら単行本22巻、第90話「壁の向こう側へ」でヒストリアの接触による未来視の時から…

一体何を考えてるのか?

ジークに接触する、という具体的な目的はあるものの最終的にエレンは何を望んでいるのか不明瞭でした。

 

独断で突き進むエレンと、そんなエレンに困惑するアルミン、ミカサたちという構図が長らく続きましたね。

 

しかし、ここ数話のエレンは読者に今までの種明かしをするかのように自分を語る機会が多くなったように思います。

 

まず、ジークに協力的だったのは、別にジークのエルディア安楽死計画に賛同しているわけではなかった、という点。

 

そして、エレンの目的は兎にも角にも

「地鳴らしの発動」だった、という点。

 

その地鳴らしの発動の目的は、123話のエレンの発言からパラディ島の人々を守ることである、という点。

 

しかし、エレンは三つの壁の巨人をすべて解放してしまったようです。

アルミンが指摘する通り、連合軍の撃退にしてはやり過ぎです。

つまりエレンは始祖ユミルへの宣言通り今までの全ての世界中の因縁のケリをつける気でいます。

思い出すのが単行本27巻、第108話「正論」

兵団内、そして同期内でのエレンの不信が募った際にミカサが指摘した、とある日のエレン。

 

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[第108話 正論 単行本27巻より]

 

「お前らが大事だからだ」

「他の誰よりも…」

「だから…」

「長生きしてほしい」

 

地鳴らしを発動したエレンの主張は、このときから全く変わっていないんです。

本当に、一字一句違わず、この言葉通りなんですよね。

当時はまだハッキリしていなくとも、今ならこのセリフに

「…だからお前ら以外は全て駆逐する」

と続きます。

この身内への想いと外敵への膨大な殺意が矛盾なく同居しているのが今のエレンなんだなと俺は思います。

だからと言って、パラディ島以外の人間が全て煮ろうが焼こうがどうでもいいというわけではありません。

その辺はとても慎重に描写されていますが、その話は本記事の主題からズレるので語りません。

またこのとき、ジャンはエレンが自分たちを大事に思ってるなら何故レベリオ区では自分たちを危険に晒したのか?と問うてます。それはエレンの未来視が関係していると思うんですが、それはまた別の機会に…

 

単行本7巻、第27話「エルヴィン・スミス」でアルミンは言いました。

「何かを変えることのできる人間がいるとすれば、その人はきっと、大事なものを捨てることができる人だ」

このセリフに沿って考えれば、エレンはパラディ島の人々を守るために、その他の全ての命を切り捨てることを選んだのだと思います。

 

またエレンは理不尽に自由を奪われることを決して許しません。

第121話「未来の記憶」でエレンは言いました。

 

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[第121話 未来の記憶 より]

 

「他人から自由を奪われるくらいなら」

「オレはそいつから自由を奪う」

 

これはジークと一緒にグリシャの記憶を覗いた際、ミカサを人攫いから助けたときについてエレンが語ったセリフですが、俺はここが気になりました。

というのも、この主張だけでは当時のエレンがミカサを助けに行く理由にはならないからです。

 

エレンはその人攫いに何か虐げられたわけでもなく、自ら進んでミカサを助けに人攫いと戦いに行っています。

これはエレンの自由とは全く関係ありません。

もし、エレンのこの主張を表現するのなら、エレンもミカサと一緒に誘拐されていたりと、そんな話にするべきだと思います。

 

ミカサの誘拐事件はエレンの中の自由とは違う部分を物語っているのです。

 

ミカサの捜索、救助は憲兵団に任せるのが常識的な対応だったはずです。

当時のエレンとミカサの関係はただの他人です。

エレンにとって特に大事な人というわけではない知らない女の子をなぜ命を張って助けるのか?

それは当時のエレンが言うように

 

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[第6話 少女が見た世界 単行本2巻より]

 

「早く…」

「助けてやりたかった…」

 

…からです。

エレンがそれを望んだからです。

 

では何故、エレンはそれを望んだのか?

 

それは

「エレンだから」

という他ありません。

 

本当に助けようとしてしまうのがエレンという人間なんだと思います。

見ず知らずの女の子を命懸けで助けてしまうような「やさしさ」もエレンの中のとても大切な部分だと感じました。

 

だからジークに言ったのは、あれは建前です。

照れ隠しです。

ミカサを助けたのは俺がやさしいからだぜ☆

…なんて間違っても言いません。

 

誰かを助けられるやさしさと、理不尽を許さない信念が合わさった結果、エレンは必要とあらば核ミサイルのボタンだって押せてしまえるんです。

 

それが地鳴らし発動の原動力だと俺は読んでいます。

 

なんか、似てますよね。

ミカサを人攫いから助けたのと、

地鳴らしでパラディ島民を守ろうとしているのが。

ただただ事件の規模が大きくなっただけの違いで。

ミカサの時は人攫いを有害な獣と言っていたけど、今回は流石にそんなこと考えていないのがエレンの中の変化ですけどね。

 

振り返ってみると、エレンって

ただ「普通にいい奴」なんですよね。

 

仲間想いで、その絆を心の拠り所にしていて、誰かが傷つくことが許せなくて…

 

巨人がうろついているような意味不明な世界で

人種問題で迫害されながら

ついには始祖の巨人に目覚め、全世界に超大型巨人の大群をけしかける時でさえ

エレンは「普通にいい奴」であり続けようとしている。

狂った世界でも、当たり前の良心は決して手放さない。

その根っこの部分は変わらない。

 

俺はそのように見えます。


長文お疲れ様でした。